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■後集67項

魚得水逝、而相忘乎水。、
鳥乗風飛、而不知有風。
識此可以超物累、可以楽天機。

魚(うお)、水(みず)を得(え)て逝(ゆ)き、而(しか)も水(みず)相(あ)るを忘(あい・わす)る。
鳥(とり)、風(かぜ)に乗(の)りて飛(と)び、而(しか)も風(かぜ)有(あ)るを知(し)らず。
此(こ)を識(し)らば、以(もっ)て物累(ぶつるい)を超(こ)へ、以(もっ)て天機(たんき)を楽(たの)しむべし。

魚は水があるからこそ自由に泳いでいられるのに、水があることを忘れている。
鳥は風があるからこそ自由に飛びまわれるのに、風のあることを知らない。
もし、人間がこの道理である「あるがまま」を悟れれば、心の外にしか無い上辺だけの物事への拘りから解脱でき、大自然の法則を楽しめるものを。
つまり、本質とは心の内外、即ち「空」には何も無く、ただ瞬間的に現象したり消滅したりするだけの「無」の世界であることを悟れ、と言っている。
言換えれば、達人は、この宇宙の「現象あるのみ」という本質、神や仏などはあくまで方便であること知り、「本来無一物」「を掴んだ瞬間から「日々是好日」となり、「平常心是道」を実感でき、「白雲自去来」の心境である「来るもの拒まず、去るもの追わず」を体現し、環境変化を「行雲流水」とみて「一期一会」の意味に感動し、自らが率先垂範して「直心是道場」の教師となって死の瞬間まで最高に幸せな人生である「無事是貴人」を実現させて生きている人なのだ。
翻って言えば、そんな人同士が会った瞬間に「拈華微笑」という「直指人心」が現象し「見性成仏」の中身である「色不異空・空不異色・色即是空・空即是色・受想行識・亦復如是・不生不滅・不垢不浄・不増不減・・・」と続く般若心経というこの世の秘伝書の共通理解の相乗効果が実現し、宇宙の自己実現へまた一歩近付くのである。正に、その当事者こそ「達人」であり「菩薩」なのであり、その理解の過程にあるのが「活人」なのである。
まあ、難しい事を考えず「喫茶去」、お茶を召し上がれ。
慧智(030718)●菜根譚で拙僧が最も感じる「当たり前の世界」を示した偈頌。