■後集6項
聴静夜之鐘声、喚醒夢中之夢、観澄潭之月影、窺見身外之身。
静夜(せいや)の鐘声(しょうせい)を聴(き)いては、夢中(むちゅう)の夢(ゆめ)を喚(よ)び醒(さ)まし、澄潭(ちょうたん)の月影(つきかげ)を観(み)ては、身外(しんがい)の身(み)を窺(うかが)い見(み)る。
静かな夜に鐘の音を聴くと、夢(幻)のなかで夢(本質)を見ているような、迷いの気分から脱出した気分が到来して真実に出会うことができ、水面に写る月影(虚像、仮想)のように、この身も実は仮想現実で、本来の身体は別世界にあることを連想できる。
つまり、静寂の中での梵鐘の刺激は脳波を禅僧の三昧の瞬間と同じアルファー波状態にして、幻影に惑わされている凡夫でも、この世に在る全ては実態ではなく現象に過ぎないという本質が観得て来るということ。
言い換えると、現代科学が究明、証明した現象が中国明代、13世紀以前に理解されていたにも関わらず、現代でも非科学的な発想を脱することが出来ない多くの日本人には理解できない「本質」が、身近な出来事で感じられますということ。
翻って言えば、拝金主義にトコトン毒され現役二元論者には、退役しても安心の世界は訪れないだろうということだろうことを達人は心得ておくことだ。。
慧智(030708)