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■前集89項

静中静非真静。
動処静得来、纔是性天之真境。
楽処楽非真楽。
苦中楽得来、纔見心体之真機。

静中(せいちゅう)の静(せい)は真(まこと)の静(せい)に非(あら)ず。
動処(どうしょ)に静(せい)を得(え)来たりて、纔(わずか)に是れ性天(せいてん)の真境(しんきょう)なり。
楽処(らくしょ)の楽(らく)は真(まこと)の楽(らく)に非(あら)ず。
苦中(くちゅう)に楽(らく)を得(え)来たりて、纔(わずか)に心体(しんたい)の真機(しんき)を見る。

静寂な環境で感じる物静かな心は本物の静か心でははない。
雑踏の中でも静寂な心を得られるようになれば、それが生れながらの本当の心の在り方なのだ。
安楽な環境で感じられる喜びは本物の喜びではない。
苦境の中でも喜びの心を得られるようになれば、それが生れながらの本当の心の働きなのだ。
つまり、本物というのは、それらしい状態や環境では得られず、考えられない状態や環境で得られるものが本物だということ。
言い換えれば、活人は、絶望の中で希望を知り、絶頂の中で寂しさを知ることだということ。
慧智(030612)