“成り切り”こそ悟りへの道

 臨済宗中興の祖である白隠禅師の師である「正受老人」は飯山村に住んでいた。
 その昔、村人がオオカミの子どもを拾ってきて飼っていたが、その“子狼”が村人が飼っていた犬にかみ殺されてしまった。
 それからというもの、夜になるとオオカミが群れをなして村に下りてきて、家の垣根を破り、壁を壊して牛や馬などの家畜だけでなく、村人やその子供達”までも喰い殺す事態に至っていたそうだ。
 そんな事態に当時六十を過ぎていた正受老人は、オオカミが多く出没する墓地で、七日七晩の間、不眠不休で坐禅をした。
 後日、正受老人は白隠慧鶴に「夜中に坐禅をしていると、オオカミが儂の喉辺りの匂いを嗅ぎ、耳の辺りに舐め回していたが、儂は「今こそが我が正念工夫相続を試みる絶好の機会だと思い、只管に坐禅を続けた」、「その時、儂に、僅かでも“恐ろしい、怖い、嫌だ”という思いが沸いてたら、オオカミは儂の喉元を喰いちぎっていたろう」と語ったそうだ。
 そして、八日目の朝、オオカミは村から姿を消し、二度と山から下りて来なくなった。
 さて、あなたが白隠禅師に成り切ってこの話を聞いたなら、どんな悟りを得るだろうか。
 この話は儂が12歳の時、円覚寺に居られた鈴木大拙翁から聞かされ、「無心の力」を学んだ。

小林惠智、快山慧智、Dr.K.Echi Kobayashi @in out.